2007年09月16日

日本の年号の始まり

これは神宮皇后年表から、紐解いて、計測できます。
「書記」では神宮皇后没「巳丑」は二百六十九年にあたります。
朝鮮での記述もほぼ同一になっています。
これは史実に一致しています。
神宮皇后即位は二百四十二年三十二歳〜二百六十九年五十九歳とある。
これから計測すれば、倭国が開かれたのが、二百十年となります。
そこで、漢の武帝の時に転移したのが紀元前111年とありますから、242年+111年=353年が269年にあたることが、判ります。
353ー269=84年ー32=51年に、農耕が始まった事が判りました。
この神宮皇后は実在の人物ではありませんので、これから、騙り始めなくては、説明もとどこうりません。
神宮皇后は天神の意とされていますから、神さまの起こりのことを、表わしてむいたのです、これが類比するのが農耕なのです。
日本の開花は紀元前111年とされているのは、中国でも共通しています。
この353とは開花紀元前111年してからの、年数のことを、表わしています。


posted by kisan at 16:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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