2008年04月03日

風習とは何か巡廻すること

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風習とは長い間続いてきたことを云う。或は巡廻することを云う。
キリスト教の風習とは無関係
仏とは留まるから、風習とは無関係です。
めぐり、くるのが風習。
習慣の事をいう場合もある。
伝承されている風習、なくなれば風習とは云わない。

赤飯や紅白餅
風習は是非伝えていきたいものです。
しかし伝えていたものを、破壊した人物が小泉純一郎なる外来人で、民営化とか道州制とか云々ぬかす、者は皆、これに反しています。
よって日本は日本ではなくなっているのです。
天皇すら新しい民間人がなって、いて、その流れで、古代からの天皇では、ありませんので、ここでも
風習は途絶えているのです。
途絶えているのは現代日本が違うという意味になります。


あるいは「使っていた」ようですね。
日本人のこういう気配りの文化が無くなりつつあるような気がします。
この先の日本人はどうなってしまうのだろうとふと不安になったりもします。
昔からのある風習
時代が変わっても心は変わらない

中秋節・・・旧暦8月15日
が「中秋節」。中国の三代節句の一つ。 古代中国の帝王が秋の季節にお月様を祭る礼。
基盤は日本において農耕の豊作祈願・収穫感謝に関する礼という意味。
儀は風習にあらず、礼は風習也。
風習とは神から成り立っているが、仏はそれが無い。
慣習的に守られ伝えられて来た理解力は風習也。
理解力が無いのは信仰である。
文化や風習とは時代とともに移り変わっていくが、それは何も変わらないもの。

墳墓に附属して陪塚があっても、それを殉死という

(垂仁)
古来からの風習とはいえ、良くないことは従わずともよいはず。これよりのちは殉死の
風習は止めることにしよう」 こうして殉死は排されたが、それから四年後,今度は二番目
の皇后の日葉酢媛が崩じた。
群臣を集めて天皇は、このたびの葬送にあたってはいかがしたものであろうかと問うた。このとき野見宿禰(のみのすくね)が献策して、出雲国の土師部(はじべ)百人をよび寄せ、土で人や馬、その他の物の形をつくらせた。それらの土偶を皇后の陵のまわりに立てさせたという。この土偶を埴輪(はにわ)というのである。

野見宿禰は土師連(はじのむらじ)に任じられた。そして以後、土師連は延暦十六年(797)にその職を解かれるまで、代々天皇の大葬をつかさどることとなる。
ここで判るように、周りに埴輪(はにわ)を並べたのは風習によるものである。

角力は位置を表わすものである。
伝説が秘められているのである。
独特の共通認識であったはずです。
異なる「風習」に対しての認識を持っている。共存

現代が日本の風習が途絶えているのは、
自分自身の好みに照らし合わせて『風習』を選択しているように思えます。
これでは風習とはなりません。
明らかに日本とは違うものです。
つなぎあわせがなければ、これでは風習とはなりません。
つながるから、風習なのです。

現代はこれをすべて変えていますね、それは日本を破壊するもので、風習の破壊者となります。
知識が薄れているのは、日本人から、変わっている事を表わします。















posted by kisan at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 風習とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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