2009年10月02日

現皇室であっても、皇孫ではないので使用禁止です

明治以降菊紋章が、禁止としなら、乱発しているのは、後ろ盾に、
大物が、仕向けているとしか、考えられない?
何故そういえるかと、いいますと、
菊紋章が関係しているとしても、何の得にもならないからです。
それで得する者しか、使わないのです。

禁止礼があるのに、全国で使用しているのに、児島宮家では、明治から、乱発されているのと、
同時に、神に関係ない神社が、作られていた背景に、原因していると、見ています。
天理教や金光教や天津教、等は神、即ち天皇とは、無関係です。

宗教団体は日本古来の、菩薩ではありません、何頭かに、かこつけて、いるものが大抵です。
推奨宗教団体(在日朝鮮運営)
霊感商法(在日朝鮮運営)
宇宙真理学会(在日朝鮮運営)
創価学会(在日朝鮮運営)
幸福の科学(在日朝鮮運営)
宗教法人「歓信寺」
神世界
紀元会
幸福会ヤマギシ会
国家神道
心霊会
生長の家
世界基督教統一神霊協会 (在日朝鮮運営)
天理教
オウム真理教 (在日朝鮮運営)
宗教団体アーレフ (在日朝鮮運営)
新宗連天皇陛下が「おことば」を述べられ、戦没者に追悼の意を表し、世界平和と日本の発展を祈られた。ここには原皇室が絡んでいる。

等は新興宗教です。

すべては外国系の運営者を認可しているのは、政治団体や暴力団系列が、多いそうです。
ほとんどは、在日系なる運営となっているそうです。

県や府庁では歯止めが出来ないとしているが、
現実売買等で裏で手を引いているそうです。

ここに、うとまっている、新興宗教は (在日朝鮮運営)
菊に反対しながら、反対を行っているのです。これを、なりすましと、いう。
ここで正等な神と寺は、天孫以外には、作ることが出来なかったのです。
その裏づけが十六葉菊紋章なのです。
現皇室であっても、皇孫ではないので、
神仏は元々皇孫を使ってはならないのが、習わしです。

日本の神仏を歪ませている、宮内庁と宗教団体と皇室?

神仏は元々皇孫の為の、神仏でなくては、ならないとしたのが、日本の歴史である。
だが、明治以降から、皇孫では無い?者達が、神仏を祀っている?
神仏を、遡れば、付随しているのが、日本古来の神仏混合であるが、明治以降は分離したのばかり、で、神仏混合集合とは、なっていません。
それらはほとんどが、外来人の手になるものです。
神仏は元々皇孫と一対しているのが、真実である。

ここに、十六葉菊紋章が元々皇孫と一対しているのです。
決して単独ではありません。
皇孫尊の子孫 神武天皇の御代から、天皇を崇めるのは神道的に当然でしょ う

統治の勅命を受け、高天原を出発すると上げています。
これが皇孫たる神仏は元々皇孫と一対しているのが、真実である。
神仏習合 神を仏の化身として一緒に祀ること。

用明天皇の頃の「日本書紀」には、「天皇、仏法を信じたまい、神の道を尊びたまう」とあり
高御産巣日神は命(みこと)のため
に、皇孫の宮殿に匹敵する御屋(みや)を創建したと伝えられる。 これが寺の起こりである。

従って、神社とお寺とが同じ境内に建てられて共存している。
神仏習合を背景にして、記紀神話の上に創造されたものである。

今では
国家神道の嵐に押し潰されて、知る人もほとんどいない。

皇孫が降臨した時に携えていた矛である。
こういう矛があることは、「旧事本記」や「古語拾遺」に書かれている。ここに皇孫と見える。
この天祖は日本では天皇の祖を意味し、皇孫、彦火瓊々杵尊を指しているが、中国では何を指すのか不明となろう。

天というものを生んだ祖先とは児島宮家のことである。
児島宮家と現皇室のつながりが、ないのは?元来歴史で合致するのであれば、相対していなければ、ならない。

ゆがまされてきた、日本の神仏は外来より、持ち込んだ宗教に、閉じ込められているのです。
外来より、持ち込んだ宗教とは?憲法である。
この憲法により、
「神仏が歪んだもの」となっています。
「神仏が歪んだもの」それらを、新興宗教という。

いまだにもって、日本の神仏が解明されていないのが、歪ませられた痕跡である。
神道と仏教は密接な関係でした。

皇孫でないものが皇位が継ぐことはならない。」
成立することが多 く,そ のほとんどは神仏習合の形態 を採る。

明治の神仏分離までは日本第一熊野十二社大権現宮と称し、先の五流尊瀧院と一体であった。
後鳥羽天皇皇子雅成親王墓参拝。一礼して退下。雅成親王(六条宮)もまた、承久の変により配流され、異郷に薨じられた御方である。
岡山(吉備津彦神社〜吉備の中山〜大吉備津彦命墓〜吉備津神社〜ョ仁親王墓〜五流尊瀧院〜熊野神社〜櫻井塚〜後鳥羽院御影塔)
関連が必ずでてくるのは、桓武天皇等、児島宮天皇の皇子及び嫡男系の皇孫のみが親王と呼ばれる。

宮家は然るに、児島宮天皇の皇子及び嫡男系の皇孫のみである。

江原氏といえば、最近は霊能力がなかったことは明快となっている。
やめろというのに、運営者がやらせている?
元々憲法の中に定められている項目。 これが現実には無意味でしかない、事を日本人は
知らない、のは無智になった証拠。 人間なんて動物の一種である。

蓋し『日本紀』神代神武巻を稽うるに,天照大神 八坂瓊曲玉・八咫鏡・草薙剣の三種の
神器を以て,皇孫瓊々杵尊に伝え,天位を譲る。故に饒速日尊を載せず,十種の ......
木津川の近く男山にあり神仏習合時代は多数の僧坊があった。 西暦860年に宇佐神宮より
八幡神を勧請して創建された。祭神は八幡大神(誉田別尊、応神 ...... 九天九地神神功
神帝 鯨呑神功元々神功の由来は河南河南省禹州に伝わる伝説の神功神帝が元になる。

現皇室であっても、皇孫ではない
現皇室が本者であるというなら?児島宮と祖相対しないのか?
日本の歴史も「太平記以外は、ゆがまされたもの」である。

「太平記以外」は載せていない項目がない?なければ、歪ませたものである。
魏志倭人伝には漢の武帝と、日本の皇孫を記しているので、信用される。
南越王の祖は夏王朝であると載せているように、すべての項目が相対している。
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2007年09月16日

日本の年号の始まり

これは神宮皇后年表から、紐解いて、計測できます。
「書記」では神宮皇后没「巳丑」は二百六十九年にあたります。
朝鮮での記述もほぼ同一になっています。
これは史実に一致しています。
神宮皇后即位は二百四十二年三十二歳〜二百六十九年五十九歳とある。
これから計測すれば、倭国が開かれたのが、二百十年となります。
そこで、漢の武帝の時に転移したのが紀元前111年とありますから、242年+111年=353年が269年にあたることが、判ります。
353ー269=84年ー32=51年に、農耕が始まった事が判りました。
この神宮皇后は実在の人物ではありませんので、これから、騙り始めなくては、説明もとどこうりません。
神宮皇后は天神の意とされていますから、神さまの起こりのことを、表わしてむいたのです、これが類比するのが農耕なのです。
日本の開花は紀元前111年とされているのは、中国でも共通しています。
この353とは開花紀元前111年してからの、年数のことを、表わしています。


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2007年08月26日

八咫のたぐい

ムスビのたぐい?
日本神話で、神武東征の際、タカミムスビによって神武天皇の元に遣わされ、熊野から
大和への道案内をしたとされる三本足の鴉。の秘密?
タカミムスビによってとは、天のとりもち、方が「つながる」というたぐい、のことを謂う。
一本の糸が切れたら二本になります、この二本という類は、つながりはない、というたぐい、の事、これを正すには、ムスビ(融合)しなくては、基の形にはならないと、いう「たぐい」のこと。

{作られた明治の虚実}
八咫鏡は皇居の賢所(かしこどころ)に奉安されています。
第10代崇神天皇(すじんてんのう)は、天照大神の勢いを畏れて、八咫鏡を宮中の外に祀る
崇神天皇6年、八咫鏡は豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託され、笠縫邑(かさぬいのむら)(場所については諸説ある)に祀られたとある。『日本書紀』による

真実の類「平家物語」
元暦(げんりゃく)2年壇ノ浦の合戦で三種の神器は海に沈む

中国では古来、「太陽の中に3本足の烏が住み、太陽は烏によって空を運ばれる」 「やた」とは「やあた」の音変化。
烏を太陽の象徴とする
「古事記(712年)」「日本書紀(720年)」には
太陽女神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)の子孫、神武天皇の神話に結びついた。
天から遣わされた八咫烏が、険阻な熊野、吉野の山中を道案内した。

古事記は、高木大神(たかぎのおおかみ)の遣わした八咫烏が皇軍を案内して、宇陀の穿(うだのうかち・今の奈良県宇陀郡)に到着。そこの豪族、兄宇迦斯(えうかし)、弟宇迦斯(おとうかし)に、八咫烏を遣わせて臣従を問うが、兄宇迦斯は鏑(かぶら)矢を持って、八咫烏を射返したーと記す。

広辞苑は「咫(あた)」について、「上代の尺度の単位。基準の存在
八咫(やた)とは、咫(あた)という長さの単位に、尊貴という心意味を付け人間の根幹基準としたもの。

八咫(やた)とは長さの単位であり尊貴の意味なものを表すのに使うそうです。「やた」とは古代の長さの単位である
変換エンジンでは漢字変換が出来ない
又心の広さのたぐい。
八咫(やた) とは、咫(あたい)という尺度のこと。

「やあた」「あた」は「いまわしい」の意という説もある。 また「あた」は「あだ」と同じで、「むなしい」「はかない」の意で、死を暗示するとの説もある。

「八咫・やた」とは無限に無限に進展すると言う「「いやた」と言う意味のたぐい。
人間の根底にある悪どさが露呈したたぐい。

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児島宮歴史倶楽部

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2007年08月19日

日本とはなにか

日本の風習といっても現代人には、わからないだろう?
風習の語源は、対等な運を計測して、鳥の作用によってもたらされるもの。とこんな、解釈も、ままならない、であろうか?
風の風は運ぶ作用のことを表わします、それが鳥の形となって三本足のカラス等にも、応用されています。
これの事をふうと、いいまして、
伝える事を習うとも、言い表します。
これが日本の風習が人間に宿るとかの、ことば、で風習と表わしているのです。

然し現代には風習なるものはありません、今あるのは?
清陽なるものは薄麾して天となり、重濁なるものは凝滞して地となる。古代中国の思想・哲学の根幹をなしているものは陰陽五行
相手に不快感(不安惑、恥、醜悪惑)を感じさせないことを考えるとき、作法の中には相手の風習に合わせるという
全動物はするが、人間だけが、それをしないことを約来しているのは、人間の風習である。
全動物はしないが、人間だけが、それをするということも、人間の風習である。
相手に対し、慎んで自分としての左側に、よけた。
この左側がもっとも神聖なるモノとなっています。左大臣等
東洋では、身分の下の者は、身分の上の者の前で、頭を上げず、ニコリともせず、ものを言わないことを礼としてきた。
人は、おのずから、恐れ慎むとき、そうなる。

ことは対等が、相手の気持ちになって慎むということ。
自分本位で行動するのは泥棒くらいです。
然し現代日本民は、それになら手いると、いうよりは、法律により動かされています。
これは、法律もそのものが、自己本位になってしまうのです。
これは西洋や、日本の仏の教えみたい、なものである。

やはり、相手の好まれるところに合わせるということである。
インド(だった?)では食事の時に左手(だよね?)を使わないとか。中国(だっけ?)では食器をもって食べないとか
自分が生まれた時から周りの人達がしていることを見て、「あぁ、当たり前のことなんだ」と 感ずる

鳥居をまたぐ時には左足からとか、二礼二拍手一礼とか

もっと人間性を上げないと気高き日本人になれない
「人それぞれの運命が何で決まるか」ということです



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2007年08月01日

日本から風習が消えた

etb.gif日本から風習が消えたのは、バブルがはじけた頃から次第に、格差社会が進み、つい最近のことのようだ。
もうすぐ、お盆がくるが、このならわし、さえなくなっている。
昔からお盆には、家に帰らない人も、盆正月だけは、帰郷していました、これは先祖も含め家族が集合する習わしで、これが日本の習慣でもあったのです。
現代はといえば、国民の休日さえ無意味な祭日になってしまい、ただ休み、娯楽に講じるようかのように、旅行に出かけています。

これは完全なる家族制度の崩壊を示すもので、自由民主主義とは、実は家族制度の崩壊をして、かわりに、自由を求めたのです。

風習の習わしとは、回転して、常に安心した世の中を保つのが、風習の習わしに、なっていたのです。

親孝行の話は今は過去のものとなり、自分の為にだけ、世の中はあるとなります。
美しい日本と自民公明は、いかにも、正しきことのように、ふるまうが、あまりにも露骨なことなのでしょう。

けっして、いいことではないのです、どちらかと、云えば悪い美しい日本に、してしまっているのです。
本当の美しいとは、昔のような、家族制度でなければ、根源には至りません。根源とは基本のことを云います。
これが風習なのです。
家族制度は別に九州制度ともいいまして、現代のような、格差社会ではなくて、
こまめな、安心が保たれていました。
現在は金銭的には豊かに?なったとしていますが、その代わりに、人間の一番大切なものと、交換しているのです。          それは日本の心であり、日本の心を取り払った後に、現代と変わっているのです。
これで、金銭は何かの上に、つきまとい、生活が次第に苦しくなるのです。
生き地獄状態がまじかにせまっているのは確実でしょう。
税金に類した税が高くなり、それにひきつれ、金に追われる毎日にような、苦しい時代になるでしょう。
時代劇のような場面に、日本の世の中がなっているのです。
悪人がのさばり、皮肉にも、真面目人間が、悪人から、攻め立てられるのと、まったく同じことになります。
このような次第には豊かさは何もありません、なにしろ風習がないのですから、この
風習こそ、日本人の原点なのです。
言い換えれば、習わしや風習は、日本人をしっかりと守る役目なのでした。
然し経済界は利益を先行するために格差にしてしまいましたね?金持ち以外は、どうでも良いという方法にする為に
御手洗経済連会長は率先してこの国から、人間の自由や安全を奪う道州制にしていこうと、企んでいるのは、自分達だけは樂をして、日本人から安全まで、奪い取ろうというのです。

このあんぜんこそ、美しい日本なのです、何が日本人を守るかもう、お変わりになりましたか?




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2007年07月22日

日本人は人間本来の姿を取り戻せるか?

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人間と文明の日本の言語は如何なるものか?
人類は、人間と文明の真の意味を問い質す
文明とは諸現象によって体現される、人類の、発展段階を構築する。
次元から考察する。

日本人は人間本来の姿を取り戻せるか?
一度なくしたものは元には中々戻りにくいのです。
すなわち、文明こそ人間の証しである。
これが人間と文明の原点、になっている、事はまだ人間が説ききれていないのである。
これには歴史の原点から見直さなくては、見えてこないでしょう。
されど、近代でも歴史の原点を解いた人はいない。
見えて居ないという事は、人間本来の姿がみえないからである。
著者はこの観点を見つけ出した、そして児島宮歴史研究会から、この論文で発表するのが、世界で最初になろう。
人間本来の姿とはどういう事なのか?

最初に人間が誕生した時に、かえり、そこから見出さなくてはならない。ここでの人間誕生はどのように記されているか、ここでは古代のシュメール人を参考に取り上げよう。
シュメール人こそ人間を紐解く謎を秘めているからだ。
地球上で野生動物に混じり、ひときわ、秀でたのが、神を懐く人間であった。
人間の姿はここから生み出されていました。世界の中には色々な人種が、あるが、これらの中で真の神を懐く、まだ動物の類であろうが、神が籠もると、そこに神が宿りました。
ここに動物の類から人が誕生したのです。
それがウバイド風習のメソポタミアに住む、シュメール人でした。
このシュメール人は都を造ったと記されています。そしてその中でもとも人間を生み出す力の神殿を築き上げました。
それからこの国は大発展を遂げ、次第に野生人がこの国を目指して集まってきました。
これからが人間が誕生していく行程になります。人とは人間を生み出す力の神から、起こったという訳です。
人間はこの神からいろんなものを取得し、或は覚え、そこに文明が築かれたのです。ここで文明の語源さえも未確認状態というわけです。
いろんな解釈は想像で空想になっています、それは神が宿っていないのですから、見えるはずはないでしょう。
これが人間の姿という訳です。

神からいろんなものを取得し、或は覚え、そこに文明が築かれた
文明とは神の中にあるもので、現代のように日本人に神が宿っていなくては、到底文明とはなりません。
現代人は神が宿っていないとしたら、それさえ気づいていないでしょうし、きづく事も出来なくなっているという事になります。
神が宿るの語源はまだ、辞典を探してもみつから、ないでしょう?それは見えないものだからです。
そうです見えない物は神の姿です。
昔は神国日本とされ、尊まれてきましたが、西洋からの明治革命を持ち込んでからは、神々は疎まれるようになり、禁止され排除されたのですから、この国には人間の姿は消えてなくなったという事です。
未だに児島宮に参詣に訪れたという事は聞いておりません。
日本の古代はここ夜須に神が降臨されてから、日本の名がついたのですが、惜しい事には誰も振り向く者さえいなくなりました。
ここにはですから人間はこの国から消えて、なごりだけの姿しかないという事です。
それは児島宮は日本人を日本という国にまで、なしとげていたのに、この地に住む者が尊むどころか、西洋の憲法に定める税金まで、取り上げています。
この事は神を守る者から神に税金を掛けるという、事が現実にあるのです。
だからこの国には人間魂はないのです。
生きる為に何を守り何の為に、税金の負担を強いられるのか?


日本のすべてを打ち消している現代
日本の地名は神が創造から造られたものであるが、人間が地名を民営化といい、変えたのは、歴史上ではじめてになる。
これは現代人が神よりも、偉いという意思表示でのことなのだろう?
道州制も民営化の一旦とされるが、これも神の作り上げられた九州の地名まで、消そうとしているのは明らかである。
人間は神よりも優れているのだろうか?

皆さんはどう思われるであろうか?






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2007年06月21日

『知られることを忌む風習』

風習 (ふうしゅう)
用語解説1 風俗習慣。ならわし。しきたり。
言葉には少々説明が必要です。風俗習慣で知られることを忌む風習を説いた。
季節によって慣習的に繰り返し行う伝承的行事を示す。
日本人と親しみ深い繰り返し行う伝承
日本人と塩は清めるというあつかい方で、習わしが残る。

『実名を知られることを忌む風習』古代中国で信じられていたある呪いに関係しています。
他人に実名を知られてしまうとこの呪いに使われてしまう可能性があると恐れていた

姓"は生まれた一族によって既に決まっており、"名"は親がつけます。対して"字"は成人後に自ら決めることができました
 同様の習慣は日本にもありました。

古来は演義でも」「古事記」の解読が出来ないのも、風習の意味がなくなったという、概観が取り除かれた為に、極めが、失われたからでしょう。

演義"という呼称さえ理解できなくなっています。
古来の姓名のように、変わるというなぞめいた風習こそ、知られることを忌む風習なのです。
徐庶という人、演義でははじめ単福という偽名で登場、中国では"単"というのは姓ではなく「特に自慢するほどの家柄ではない」という意味を表している

風習は形を変えて知られることを忌む風習なのです。
例えば邪馬台国も然り、これも知られることを忌む風習なのです。
出典が二つあること、武帝は仏教に執着したので、魏志倭人伝と比べれば、それ以前の風習神の世界で、作成している、それを鵜呑みで信用すると、この風習知られることを忌む風習で書かれた、意味が解読できません。
故事成語聞くとなんとなく由来がわかってきます
夏王禹と日本古来の天の御中主
天の御中主とウガヤフキアエズ
ウガヤフキアエズと神武天皇
神武天皇と天智天皇
天智天皇と桓武天皇
桓武天皇と後白河天皇
後白河天皇と後鳥羽上皇
後鳥羽上皇と頼任親王児島宮
児島宮と天孫
屈辱を「 会稽の恥 」と言います
児島高徳が故事成語を取り上げた理由は風習として、残して伝えるという、解読によっては、仏に類する者は解読出来ないが、神に付属する者ならば、解読が出来るという、風習を残している。


呉王夫差(ふさ)仏と越王句践(こうせん)神も二人にはいずれも、風習を残している。数回は書ける、故事成語
「 死屍に鞭打つ 」は「 死人に鞭打つ 」の出典になった話で、史記・呉太伯世家に載っています。
越王句践が呉を滅ぼすと、范蠡は句践を「 苦しみを共にすることはできるが、楽しみを共にすることはできない 」「 飛鳥尽きて、良弓蔵(おさ)められ、狡兎死して、走狗烹(に=煮)らる 」と述べています。屈辱を「 会稽の恥 」と言います


お雛さまや鯉のぼりなどを飾る風習
殉死と埴輪
垂仁天皇は、古来からの殉死という蛮風を排したという伝承があるが風習は残した。
殉死者は数日間も死なず、昼となく夜となく泣き悲しんだ。そしてついに死ぬと、その腐爛した死体に犬や烏が群らがって喰み散らした
これよりのちは殉死の風習は止めることにしよう
そしてこれからのちは、この土偶をもって生きた人のかわりに陵の周囲に立てることにしたらいかがでありましょうかと奏上した。天皇は大いに喜んで、それらの土偶を皇后の陵のまわりに立てさせたという。この土偶を埴輪(はにわ)というのである。埴輪と殉死風習

仏の風習儀礼という意味合いが強く、十三夜もその点では同様です。
やはり、十五夜に月見をしたら十三夜も月見をしないと片見月になると言って、嫌われました

風習とはどんなものか。知られることを忌む風習

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2007年06月16日

ものの見方・考え方(類比)

イソップ話人間と(類比)

ものの見方・考え方
本質・法則・真理・真実・価値・意味
類似性、同一性−類比(反復)
よいおじいさんと悪玉のおじいさんとを対比する日本の物語

これらの方法を身につけさせるには、何回もくり返し使うこと
で沢山造られた

比べて違いに目をつける見方・考え方(対比)
基本的
大事な方法は、比較(類比・対比)してものごとをみるという方法です。
現代はこれが明治から失われ、ましたが
教育の基本はここにあるのです、いくら
憲法だの法律教育改正しても無理と言い続けているのですが、
意味が解らなくなっている日本人なのです。

これは西洋主義になった為に、現象が起こっているのです。
皆さんの身の回りにも現象が起こっているのです。

人間とここが似てる,ここが違う(類比)は
神と人間は違うのです。
卑弥呼は神で人間とは違うのです。
考え方の基本(類比)
古事記ではこの世と黄泉の国の違いを取り上げている。
然し
西洋人も日本人も個別で物事を捉えているから、解らないのです。
然し西洋人も日本人は対比しています。
個人と類比は別
はなしがまとまらないのは、その為?
時間の無駄?

説明 対比と反対語は違います。


これがすべてのものの基本かな。
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2007年05月18日

見識は神の自然の恩恵で、貯えられるもの

atusamunioisakura.jpg

道州制は日本の地名をなくしています、民営化は日本の習慣まで、なくしてしまいましたね。又市町村合併では、束ねて(あやつり)一つにしています。 農業も国の政策により束ねてしまわないと、農業で出来ないと、政治家の言葉にここにも束ねられて、が出てきています。
この原因は何だと思いますか?国の政策なのか、或は別の思想が影響していて、日本の生活が壊滅状態にまで来ているのは?
これは明治革命に根源があったという事です。

束ねた原始は原始に帰えるしか行き着く先は残されていません
果たして現代人が、汚い現代を棄てきれるでしょうか? 
今も日本の国では、政治の流れも、一本に束ねられ、明治以降何の変化も無く、国民は国に税金を納め、それを束ねた(あやつる組織の手)により、国の政策としていますね。すべてがいまでは、束ねるという、方針になって行きつつありますね。

支配とはコントロールという西洋からきた言葉であるが、日本語に約すると「あやつる」事である。
これは自由の自然観ではなく、意思的に動かされていることでもある。ここには人間の影の力が、隠れて成り立ち、ある意味では、支配の上から多数の数が束ねられている事を表わす。

西洋国から操られている日本国は、明治以降のすべてにこれが採用されて、自由民権運動とは、即ち、自由の名の基、日本人が選んだ道なのであった。

これは西洋英国民族の社会主義(自由主義)からきていて、これらは留学から得たものであった。これは殊するに幕府の藩の意向により、西洋の暮らしを学ばせる為に使わしたのであったが、それが日本の文化文明を閉ざしてしまうとは、幕府も気がつかなかったようである。 西洋からもたらした物とは、いったい何んだったのか、未だに答えが出ていないようである。賢者から見た西洋からもたらした影響は実は、思想の破壊そのものなのだ。

思想の破壊の後に新しいものが始まるのは、すべての意味に於いて同じになる。
ここで見る、ものは失われた日本の姿に今でも気がついていない日本人であり、ここに姿を隠した西洋の姿がうしろに、控えているのである。それは何を意味するか?それは西洋手法の生活習慣に根源があり、原始的思想が働いていた。この原始思想が西洋人の思想になり、自由社会主義の根源になっている。
ここで原始思想について述べておこう。
原始とは未開地を表わし、何も開けていない殺伐としたものの事で、これが自由(語源)気ままに、原始とは神々にあらず唯一単一仏なり。この意味に似たような、束ねる(独占し、独り占め、唯一単一仏なり。)という意味。
これを支配或は、憲法のように、人間をあやつる、事が出来るので原始と云う。


ここ憲法は日本国全体を巻き込み、全国民に往きわたる結果となった。
ここで憲法とは何か?がこんにちでも見えていないようである。西洋憲法とはあやつる道具の事で人間をとりこにしてしまう。

正しいものは自然?
正しくないものは人間のやること。
神の国でないので、何をやらかすか、まったく解らない。
教育指針が間違いのもと、見習うのは日本の物語しかない。
政治家がしていることは、みな自然に反している。
だから道州制を強行し、国は戦争になる。
憲法九条はその為改正している。
してはならない事を、憲法まで変えて戦う用意をする。
平和は何もかわらないで、安心して暮らせること。
戦いの国へ安陪゛政権はもくろんで、祖父岸と同じ道を行く。
靖国に祀られて万歳の意味がここにある。
あるのは自分の欲望だけ。
野蛮人は何をやらかすか
解らない?
日本中が野蛮国になった。

自然界の生物における現象は,その環境や進化の過程により,多種多様である
奥に潜む法則は,共通している。(内面の美)
無意識のうちに,その図形を自然界を象徴した図形として受け入れている。
一目で美しいと感ずるから、かえって易しいと思い込んでしまう(外見の美)
これらの見識は神の自然の恩恵で、貯えられるもの。人間が作るものにてあらず?
人間に出来る事は、心をやどす、事だけです。
美しいと感ずる心は、いつでも、どこでも、だれにでもできる気持ちよい心地がする事。

自分の心の中に美しさがある―花を観て美しいと感ずるのは、実は自分の心に美しさがあるから美しいと感ずる。千の利休と茶の心は佐久間信盛に学んだ。「神と心」

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2007年05月10日

騙されていた明治後の文化

騙されていた明治後の文化?をあばく
文化が騙されていたなんて、耳寄りな話ではないか?
どこが、どう違うというのか?
について、
文化とは高い文明のことで、伝えるという語源。
文明とは明らかにという語源。
他に「うけつぐ」ともされる。
これは歴史となる。
皆相対(そうたい、相似)している。
これは神なし、では文化とはならない。
文化とは単なる神との営みの生き方である。

神と遮断した明治革命は神に対する挑戦であったことは確かである。ここには神とのいとなみが立たれていた。

確かに現代は、にせものが横行する時代になったのは、確か。
国民にたいするあつりょくは日ごとに増してきている。
ここで考えられる事は、
人間から野生動物の有り方に変わってきたのは、人間性が消えたから、となり、神とは無縁の長物になったと、いう事である。

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2007年05月09日

文明ってなあーに

文明とは、この宇宙を切り開いた、神の国の出来事をつぶさに、書き記して、その訳を解き明かして、人間の暮らしを持続させている根源出来事を文化とか文明とか、で表現しています。児島宮

開かれた文明とは、人間誕生に関わる神と一体になっている、国の名を謂います。
神と別になれば、文化とか文明の表現にはならないのです。
それは野蛮とだけしています。

野蛮・未開の劣等性を知識人たちが疑わなかった時代には、
文明とは何かという理論的問題は発生しなかった ... ある学説によれば、文明とは文化
的同一性である。http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%CA%B8%CC%C0/detail.html?from=websearch
概念問題の難しさは少しも減っていないように思われる。
野蛮は未開とも呼ばれる。

文明を示してくれているのが文字と人間とのかかわりである。

文化と文明は伝統がなくしては、語れないものがある。
特に新しい発想は文化の名に著しくは無い。
その違いが文化であり、私たちが日常使っていることばの文化は、
実は新しい発想の出来事であって、伝統文明とは、別な新しいものに、なるのです。
文明や文化は相対しているから、相似するのであって、人間関係のように、他人との間には、あくまでも他人の関係としか、ならないのと、まったく意味は同じ事である。

すなわち、文化文明とは神と一体化した、記録でなければ、ならないのです。


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2007年05月05日

文化ってなあに

文化とは高い文明のことで、伝えるという語源。
文明とは明らかにという語源。
他に「うけつぐ」ともされる。
これは歴史となる。
皆相対(そうたい、相似)している。
これは神なし、では文化とはならない。
神文明をひきつぐのが農耕文化である。
言語とは、そして文化とは何なのか。1つの日本語

文化とは単に生き方

人間になぜ文化なり、思想なりといった

自然の発生
から発展したのが文化である、作るものは文化とは云わない。あくまでも、自然の発生をうけつがなければ、文化の意味がない。

優雅 ... 栄華を誇る
これらはいずれも『菊と文化』が正しい伝統である。
文化とは「当たり前にできること」が織り合わさったもの
現代ではほとんど文化とは、いえません、文明でもありません。
おそらく、手動で作られた社会的科学類でしょう。

世界の異なる暮らしの人々は、常識、価値観、考え方など、が違い、現代では日本も同じように、教えられてきたが、これは西洋の、身振りが、植え付けられたのが原因している。
代表的なものに憲法があり、自然体の憲法ではない。
これは明らかに、身の都合主義により作られたものでしか、ない。
「生物多様性」がますます重要視されるようになってきた
本質
的なものが存在した上でそこに付加的に表現を加えるものである。
人間らしい人間のあり方そのものである。
必要なことはいま、
確かな碇と骨格を用意しておくことだろう。
文化とは
「人間の現実的・想像的な自然経験から受け継いだ象徴
化された形態」である。
対自然、対人間、対観念などの内容をもち、これを象徴化するという人間の営みは、用いられ多様性にも応じ、さまざまな形をとる」ものであり、象徴化とは、客観的・主観的経験の意味化といってもよい。

「三原則からなる形態」である。
これは日本文化を象徴するものである。
一つでは文化は形象できないのだ。道州制例あつめる、環濠。
縄文 原始などは、文化とはならないのです。








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2007年05月04日

女性への割礼

hosi_anime001.gif

部族では女性も賛成して、尻の軽い女は存在しない方がいいと考えている
割礼の儀式の対象は女性でした。
クリトリスの部分を抉り取るというものです。
その割礼を受けていない女性は結婚が出来ず、
村八分のような目にあうそうです。

風習を捨てるならばそれもいいと思います
文化への誇りを優先して絶滅するのも、それはその人種の勝手だと思います。

野蛮で根絶すべき悪習

生贄にするという風習や実際には何の意味のない風習によって嫌がる他人の命を奪う風習です。
風習を根絶させるという事は人の身勝手
権力者が死ぬと殉死といってあの世のお供をしろと嫌がる人々を無理やり生き埋めにしていた風習がありました
現代ではこの原始式が取り入れられています、例えば「野蛮で根絶すべき悪習」がそれです。
弥生以来ずっと長い間続いていた風習が明治になり、換えられてしまい、今日までそれが、ずっとづいています。
どちらを、選ぶかによって人の運命が代わるのは、神の御意思に反するか、添うかできまる。

文化には何らかの理由がある場合が多い
根絶した風習は二度と復活しません。


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字源が明かす日本に風習は失われた

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字源が明かす、にほんとは、?
二つという意味の日本という意味が文字に込められている。
日本語は世界でも、まれな、文字と音訓である。
私たちが習わなかったのは、明治暴動を起こして国をのっとった、海賊大室虎吉事明治天皇を指す。この人物が、周りのものと結託して、この古代からの日本の風習を消してしまった。

今では新しく取り入れた憲法で、すべての組み換えを行って、教育勅語なる、異生活の指導を命じたので、国民はこの憲法に従い
今日に至っている。
風習を伝えるすべもなくなり、この国土に住む人種は新しい現代ということば、をふるに利用して、宣伝していた。
ここに日本の風習はことばなき、ぬけがらの、習性に変わっているのです。ですから今の古代からの風習と現代、行っている、すべての、習わしは、違っています。
風習とは同じものを伝えていくことを注した言葉なので、変えてしまつたものは、元のようには、戻らないのです。
意味が違うという字源がそれを明かしています。
posted by kisan at 08:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風習ってなあーに

風習は聞きなれないことば、だろうとは、思うが、日本の歴史上から、失われた生き方のことを、風習と呼んでいます。
昔の人々が「風習」として今に受け継がれている。
日本の風習. こちらのページでは、日本の風習についてご紹介しております。

1月(睦月)編 · 2月(如月)編 3月(弥生)編 4月(卯月)編 5月(皐月)編 6月(
水無月)編 7月(文月)編 8月(葉月)編 9月(長月)編 10月(神無月)編 11月(霜月)編 12月(師走)編  

前歯を無理矢理引き抜く、かなり
乱暴な風習を持っていた。日本では縄文時代後半に大流行
渡来系弥生人の代表的
存在である土井ケ浜集団でも、なぜか盛んにこの風習を実施

ここではいろんな、ならわし、風習を取り上げて、日本の教育では、ならわなかった、日本人の暮らしについて、取り上げて書いていきます。

posted by kisan at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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